Stoned Brain Returns

遊びの日常。日記<週記

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高知旅行記(2015年2月27日~28日)

2015.03.02

category : TRAVELLING

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2014年に初めて行って以来、1年で2度も行った高知に、
今年も早速行ってまいりました。
本当は3月中旬~下旬のどこかで行こうかと思ったのですが、
2月に追加出勤の可能性がなくなり、天気も良さそうだったし、
ホテルもバスもまだ空いていたということで、急遽決定。
1年で3度も行っているとさすがに慣れたもので
3日前くらいでもさっさと手配完了。
ただ今回は微妙に週末と被っていたせいなのか往復ともバスが混んでいました。
いつも人が少なくて、採算取れているのか心配だったので、
窮屈だったとは言え一安心。

以下長くなるのでTOPページからの方は続きへどうぞ。





続きはこちら >>
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高知の旅 その2

2014.10.02

category : TRAVELLING

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2014年1月に初めて訪れた、愛する寺田寅彦さんの故郷高知県。
そのとき以来すっかり高知県を好きになってしまい、
またしても行ってまいりました。

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続きはこちら >>

寺田寅彦縁の地を巡る旅 in 高知

2014.02.04

category : TRAVELLING

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高知の旅。こちらが本編です。

1日目

バスの中から真っ暗な高知の街を眺めていました。
道路は濡れて光っているし、
反対車線をすれ違う車は全部ワイパーを動かしています。

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大抵どこかに行くときには、すんでのところで悪天候を回避してきましたが、
今回はどうもそういうわけにはいかないよう。
バスを降りたら止むかもしれないと淡い期待も破れ、
高知駅前には三志士像が雨に濡れ、寒々しげに立っていました。

まず私が行くべき場所は寺田寅彦、3人の妻、両親の眠る墓所。
JRで高知駅から1駅電車に乗っても、降りてから歩くことには変わりないので、
腹ごしらえをしたパン屋から直接徒歩で向かうことに決めていました。
ネットの地図で何となくの方角と距離は確認しておいたものの、
実際雨の中をどれだけ歩かなくてはいけないのか、
山の麓にある寺田さんのお墓に行くのに、細くて急な坂道もあると知っていたので、
やはりこの天気は有難くありません。

雨が降りしきる中、早朝だからなのか、シャッター商店街なのか分からないけれど、
あまり活気があるとは言えない商店街を通り抜け、
地元の人しか歩かないような細い住宅街を歩きました。
車1台しか通れないような道路にも拘わらず、通勤の車が連なり、
結構なスピードで走っています。
あまりにも狭くて危ないときに、車に道を譲ると、
殆どの人が窓越しに手を挙げてありがとうのサインをしてくれたり、
大きくお辞儀をしてくれました。
ちょっと運転は荒っぽいけど、そこはかとない人の温かさが感じられます。

住宅地の中で神社を発見し、お参りして行こうかと思いましたが、
何より先に寺田さんのお墓詣りだと先に進むことにしました。
北へ向かって行くと、寺田さんのお墓の山に着くまでに、
久万川という川と、北環状線を超えることになります。
どこまで歩けばいいのかと、雨で湿った重い靴を引き摺りながら歩いていると、
自分が歩いている場所より、明らかに一段高い場所を、
学生が自転車で走って行く姿が目に入りました。
階段を上ると、目の前に久万川と、それに並行して聳える山が広がっていました。

何度も地図を見たせいかもしれませんが、
地元以外の場所に行くと、自分がどの方角に向かって歩いているか分からないことが多いのに、
ここでは、北へ向かっているのがはっきりと分かります。
しかし福岡市に住んでいる私にとって、南は山、北は海がある方角で、
川は南から北に流れている場合が多いのです。
川と垂直に山がある風景に慣れている私は、北側に山があり、
それと並行して川が流れる風景は、私にとって酷く異質なものに映りました。
しかも山にかかった雲が風で流れて、山が姿を現したり消したりするのは、
恐怖すら覚えるほどでした。

ただ、少し手前に見える低い山が、恐らく寺田さんの墓所なのだろうと思うと、
心細さも少し薄らぐような気がします。
久万川も寺田さんの随筆「鴫つき」に登場した川。
寺田さんも同じ山や川を見ていたのだから、怖いことがあるはずありません。
写真ではよく分かりませんが、久万川沿いから見る西に広がる山の風景が、
水墨画のようでとても綺麗だったのも本当です。
きっと寺田さんだったら、「雨は不便だが、決して悪いことだけではありませんよ」
そんな風に言うはず。

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久万川を渡り、北環状線沿いを歩くと、目印のJAのスーパーと動物病院があります。
動物病院の横の路地には道標がありました。

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ネットで見た道順通りに進むと、畑だった場所に家かアパートを建設中。
その脇に再び道標。

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人が1人やっと通れる程度の舗装された通路を通り、その通路は山へと続いて行きます。
急な坂は雨が降ると滑りそうだし、坂の片側は斜面で足を踏み外したら滑り落ちそう。
傘をさしているのと、気持ちだけのお供え、
寺田さんの好きなコーヒーを持って両手は塞がっているし、
本当に大丈夫なのかと不安を抱えながら山を登って行きます。

DSCF0227_convert_20140203195000.jpg

色々考えると足が止まってしまうので、
脇目もふらずに登って行くと、ふと右手の視界が開けて光が見えました。
見覚えのある複数の墓石が目に入りました、やっと着いた。

DSCF0222_convert_20140203195609.jpg

左から3番目の奥さんの紳さん、2番目の寛子さん、最初の奥さんの夏子さん、
そして寺田さん。

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手前がお母さんの亀さん、向こう側がお父さんの利正さん。

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それぞれのお墓にご挨拶をしてきました。
寺田さんにはここまで来るの大変だったよと、恨み言も言ってきました。
せっかく来たんだから、お天気どうにかしてくれなくちゃ。
服も靴も雨で重くて冷たかったのです。

お墓の横にはこんな案内板がありました。

DSCF0226_convert_20140203200847.jpg

そして寺田さんのお墓にお別れをして、元来た道を下るのですが、
やはり登りよりも下る方が怖いわけです。
年配の親族や、寺田さんのファンの方、お墓詣りに来るの大変だろうな・・・。

降りやまない雨の中、寺田寅彦記念館へ。
お墓から歩いて15分程度のところです。

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時間は9時半を回っていて、玄関も開いているし入れることは入れるのですが、
中に人の気配がありません。
声をかけても誰も出て来ないけど、入場料は無料だしと思い、
勝手に上がらせてもらい、家の中をあちこち見て回りました。
母屋は空襲で焼けてしまったので、修復された物です。
展示物としては、寺田さんが愛用していたカバンや、お手製の絵葉書、
書簡や写真など色々ありました。
ガラスケースに入ったものが多くて、うまく撮影できなかったのが残念です。

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このオルガンには感動しました。
寺田さんの物ですが、ドイツ留学中に夏目先生に預けていたという歴史があります。

しばらくあちこち見ていると、
記念館の管理をされている女性がいらっしゃいました。
別の部屋にいて、気付かなかったのだそうです。
この女性と気付いたら2時間くらいお話ししていました。
寺田さんに縁のある場所の話や、どんな方がいらっしゃるのかとか、
他愛もないことでしたが、寺田さんのことを気兼ねなく話せて
とても楽しかったです。
中には私と同年代くらいの方で、年に1度か2度は訪れる
新潟の方もいらっしゃるそうです。
福岡から来たのに雨で、お墓参りも大変でした~とぼやくと、
「あんまり雨降らないんですけどねぇ」と言って笑われてしまいました。

このときに「寺田さんのお父さんが、寺田さんの健康を祈願して、
石灯籠を奉納した小津神社がこの近くにありますけど行きましたか?」と訊かれました。
私はその神社の話も名前も知らなかったけれど、
さっき通り道に神社があったあの神社、違うよね・・・?
道順を聞いても、さっき通った神社との位置関係が全く分からないし、
とりあえず教えてもらった通りに行こうと思いましたが、
その前に時間を見ると既に11時半過ぎていて、先にひろめ市場で食事をすることに。
表に出ると雨はすっかり止んでいました。

記念館からひろめ市場までは大した距離はなく、
途中に高知城の敷地内にあり、寺田さんの常設展示室がある県立文学館を通ります。
そしてひろめ市場の前にある、高知県立高知追手前高等学校は
寺田さんが卒業した学校であり、故やなせたかしさんの母校でもあります。
尤も寺田さんが卒業した時にはまだ高知県尋常中学校でしたが。
この学校には時計台があり、楽しみにしていましたが、
南海地震のための耐震工事が行われているために見ることはできませんでした。

そして県立文学館へ。

DSCF0314_convert_20140203211447.jpg

残念ながら文学館は写真撮影不可。
受付で「寺田寅彦の展示は一番奥にあります」と言われて行ってみると、
他の高知の文学者よりも明らかに、寺田さんにスペースを割いてありました。
寺田さんの家系図から、研究に関すること、書簡、絵、
バイオリンやチェロ、蓄音機、愛用の帽子など、
貴重な展示物ばかりでした。
多分ここでも2時間くらいいましたが、その間誰もいませんでした。
淋しい気がしないでもありませんが、独り占めできたような気がして、
それはそれで悪くありません。

県立文学館では物販があったので、書籍や絵葉書を買いました。

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そしてふと、記念館の傍に寺田さんの文学碑があったことを思い出し、
再び記念館の方へ戻りました。

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花物語」という随筆の「昼顔」の冒頭です。

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この川がもう少し先で左に折れて、その辺りに石碑があります。
そしてこの川は、記念館の真ん前を流れている江ノ口川と言うのですが、
これが次の日に行く場所と、関係があります。
尤もそれに気付いたのは、福岡に戻って来て、訪れた場所の地図を作りながらでしたが。

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そしてここから、記念館で聞いたように小津神社へ向かいました。
この小津神社も入り組んだ場所で、ちょっと分かりにくいのですが、
ふと見覚えのある景色が目に飛び込んできました。
やはりお墓に行く途中に見かけて、お参りして行こうかと思ってやめた神社です。
寺田さんのお父さんが奉納した石灯籠はこれだそうです。

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正面の三日月のマーク、寺田邸にあった灯篭と対照になっています。
お父さんのこだわりなのでしょうか。

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この灯篭、ニヤッと笑っているみたいで可愛かったです。

1日目の寺田さん縁の地巡りはこれで終了。
2日目は「続きを読む」からどうぞ。

続きはこちら >>

高知の旅 その1

2014.02.01

category : TRAVELLING

comment(4)

1月29日に福岡からバスに乗り、ちょっと高知まで旅行に行って参りました。
メインは寺田寅彦さん関連の地を歩くという物ですが、
話のタネと、寺田さん関連の地を行き尽くして、時間もあったので、
他の所にも行って来ました。
とりあえず、メイン以外の旅行記から書こうと思います。



続きはこちら >>

夏目漱石先生縁の地巡り in 熊本

2013.07.15

category : TRAVELLING

comment(2)

先日、夏目先生が親友の菅虎雄さん宛てに書いた書簡が発見され、
それが熊本の近代文学館で7月15日まで展示されているということで、
熊本まで行って参りました。
で、どうせ熊本まで行くならば、有名な夏目先生縁の地も散策しようということで、
こんなコースで旅行前に予定を立てました。

水前寺公園バス下車→水前寺成趣園→夏目先生の家(ジェーンズ邸横の第三旧居)→
先生の手紙(近代文学館)→上熊本駅前の銅像→内坪井の家(第五旧居)→
熊本城→五高記念館(熊本大学内)→寺田寅彦下宿跡(立田山麓)

8時20分天神バスセンター発のバスで熊本へ。
道中渋滞もなく、大変快適な旅でした。

そして水前寺公園前バス停で下車、まずは水前寺成趣園を散策。
水と緑に囲まれた楽園、涼しくて快適で離れたくなかったもので、
ちょっと長居(これが後に響くことになるとは知る由もなかった)

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出水神社でお参りも済ませ、次は熊本洋学校教師邸ジェーンズ邸へ。
そもそもは、この隣にある夏目先生の第三旧居が目的でしたが、
あまりに建物が素敵なので、フラフラと。
ジェーンズ先生は日本初の男女共学を実施された先生で、
映画「ラストサムライ」でトム クルーズが演じた役のモデルになった人だそうです。
またこの建物は日本赤十字発祥の地なのだそうです。

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ここで色々お話聴いて中を見物。
古い洋館の階段の昇降って怖いんですよね。
何か傾いてるような気がして。

ここで近代文学館への行き方も詳しく教えていただいて、
とても助かりました。

そして隣の夏目先生のお宅。
ここは外からしか見られないのと、
元々は別のところにあったのを、建物だけ持って来ていたのですね。

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次は近代文学館に展示してある菅さん宛て書簡を見に行きました。
ジェーンズ邸、夏目先生第三旧居から歩いてすぐ。
中は撮影禁止でしたが、夏目先生の直筆書簡見て参りました。
夏目先生の達筆は有名ですが、本当に字がきれい。
内容はニュースなどでも言われていますが、
英国留学前に菅さんに貸していたお金を返して貰って、
とても助かったということ。

そして他にも熊本と関わりの深い作家さんの展示があり、
中村汀女、夏目先生の人形がイスに座っていたりして、
遠目に見てびっくりしました。
夏目先生の猫のスケッチなども展示。
そのスケッチの横に、奥様の鏡子さんによる説明と思しき字がありました。
鏡子さんは夏目先生に「悪筆」と言われていましたが、
あれで「悪筆」だというなら、今の日本でまともな字を書けてる人なんて
5割に満たないんじゃないか。

そして市電に乗って上熊本前駅まで。
どこまで行っても150円。
鹿児島で乗って以来の市電でした。

上熊本駅は夏目先生が熊本に来たときに降りた駅と言われていて、
当時は「池田駅」と呼ばれていたそうです。
この駅の前には、夏目先生の銅像が立っていました。

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実物大でしょうか?
いや、夏目先生は確かに小さかったみたいだけど、
それにしても小さいような・・・。

そしてここから熊本城へ行こうかと思いましたが、
歩いていた道が完全に熊本城の裏側の「わが輩通り」だったものですから、
熊本城に行くよりも、夏目先生の内坪井の第五旧居に行く方が近い。
しかも結構時間が遅い、
ということで、城の見物は断念。

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朝5時半に朝ご飯を食べて以来、お茶以外何も口にしていなかったので、
マクドかジョリーパスタかの2択から、ジョリーパスタを選択。
この通り、飲食店が何もなかった(泣)

腹ごしらえも済み、わが輩通りを内坪井旧居へ向かって歩きます。
城の石垣が高かったなぁ・・・。

そして到着、あの有名な内坪井の第五旧居。
ここは鏡子さんが熊本にいた間に住んだ家で、
一番いい家だったと言った家です。

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門からすぐ見える洋館風の建物は、
先生が住んでいた頃からあったのではなく、その後の持ち主が建て増ししたのだそう。
中に入ってみると、確かにこの家はとても居心地がよく、
いつまでも居座りたくなるような良さがあります。
お庭も広くて、長女の筆子さんの産湯に使った井戸も残っていて、
寺田寅彦さんが、「書生にしてください!」と夏目先生にお願いして、
「物置でもいいなら」と見せたら怯んだという馬丁小屋もありました。

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私:「先生! 物置でもいいから書生に置いてください!」
先生:「裏の小屋なら空いてるけど、あの寺田でも諦めちゃったよ。それでもいい?」

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内坪井のお宅の周辺は、何だか重厚な門構えなお宅や、
渋い建物のお宅がとても多くて歩いてて楽しかったです。
そして熊本は地名も渋くていいですね。

そしてここから、第二旧居があった場所と、第六旧居を見て、五高記念館へ。
内坪井で「五高まで歩いて行ける距離ですか?」と尋ねたら、
「25分くらい掛かりますけど、漱石先生は6時半頃起きて歩いて通ってましたよ」
と言われ、それなら歩いて行かなくちゃ、健脚だけは夏目先生にも負けん!!と、
いつも通りの徒歩。
その途中で立ち寄った第二旧居はどこにあるかよく分からず(今は駐車場らしい)
第六旧居はまだありましたが、個人の所有なので中には入れませんでした。

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試練はここからでした。
徒歩で向かった五高。
距離は大したことはありませんでしたし(注:あくまでもKaorie基準です
道に迷うこともなく、すんなり到着したら、何か香ばしい幟が立ってたりして
あぁ、大学やなぁなんて呑気に歩いてたら、
見えてきました、五高記念館。
何て重厚で素敵な建物なのでしょうか。

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でもね、何かおかしい。
あまりにも静かすぎる。
展示の看板は立ってるけど、こんなに誰もいないものなのか?
と思って玄関へ近寄ってみると、扉が固く閉ざされているではありませんか。
まさかと思って、案内板を見てみると、16:00閉館。
時間は16:04分。
うっそおおおおお凹

そしてここで1つ困った問題が発生しました。
実は寺田さんの下宿跡というのを旅程にしっかり入れていますが、
どこにあるのか分かっていたわけではなかったのです。
ただ熊大の裏の立田山の麓にあるということと、
それほど五高と離れていないという2点だけで。
ネットで調べたら、五高記念館でもらったパンフレットか何かで、
大体の場所が分かると書いていた人がいたので、それを頼りに行こうと思って
五高記念館に行ったのに、どうする俺、でもこのまま引き下がるとか、
そんな軟弱なことはできない!!
とりあえず勘だけに頼って探せるだけ探してみようと言うことで、
立田山の方向へ登る道を探しました。
熊大の東の果てに「立田自然公園入口」という信号があったので、
そこをとりあえず山の方へ曲がってみると、それはそれは長い坂がずーっと続く。
上熊本駅から歩いて来て、これ上るのか?! 冗談きついぜ!と一瞬諦めかけましたが、
とりあえず行けるとこまで行こうと覚悟を決めて、
長い坂をなんだ坂こんな坂と登って行きます。大学の端まで着いて、もう少し上ると、
リデルライトホームが右手に。
しかし寺田さんの下宿跡らしきところは分からないし、
怪しげな細い道も幾つかあるけど、入って行っていい物かどうかも分からない。
いやあああああ、これはさすがに無理かも。

と、止む無く山を下ろうかと思ったとき、どうも運動をしているらしい、
立田山近辺にお住まいなのでは?と思しきお父さんが
坂を上っていらっしゃいました。
そうだ、この人にとりあえず聞いてみて、知らなかったら諦めよう!
そう思って、「この辺に寺田寅彦さんの下宿跡が残ってるって聞いたんですけど、
ご存じありませんか?」と訊いてみたら、
「あるよ、でも門だけだけどいいの?」
ご存じだった!!
「はい、そんな風に訊いてます!」
「僕もそっちの方に行くから、途中まで連れて行ってあげる」
「この道で合ってるんですか?」
「うん、もうちょっと先だよ」
と言われ、喜んで着いて行きました。

本当に適当に当てずっぽうでこの坂道上って来たのに、
寺田寅彦?誰それ?くらい言われるかと思って覚悟してたのに、
もうこれは夏目先生と寺田さんが天国から手を貸してくれたとしか思えない!

福岡から来ましたーとか、
熊本は史跡が多くて面白いところですねとかお話したら、
熊本はそういうの多くて面白いけど、PRが下手でねぇ、
細川さんが首相だったときはそれでも観光バスなんかでツアーも増えたけど、
今は全然だよーと、そんなお話をしてくださいました。
くまモンが全国どころか世界規模で有名になって、
熊本中どこに行ってもくまモンだらけで、ちょっと引くくらいありましたが、
正直くまモンのグッズって、他県にいても余り珍しくもないので、
熊本県のPRとしてどうなのかなとは思うのです。
カワイイし、大好きだけどもね。

で、立田自然公園入り口に差し掛かったところでお父さんが、
ここの道まっすぐ行った森のところと教えてくれたので、そこでお別れ。
本当に本当にありがとうございました。
熊本の人優しい! 本当によかった!!
そして教えてもらった森に入ると、白い記念碑の棒が立っていたので、
これか!と思ったら違う人の。
うーん、もっと中に入るのかなと思って、森をずんずん入って行くと、
何とそこは墓場。
いやいやいやいや、ここやない!
大体ネットで写真見たとき、もっと日当たりよかったはず、ここ真っ暗やん!!
やばいやばいと慌てて道路に降りて、細い道(普通の道路)を進んでいくと、ありました!!!

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そうか、寺田さんはここから、内坪井の家まで、
恋人に会うような気持ちで通ってたんだなぁ
それこそ寄り道はしたけど、今私が通って来た道を、
同じように通ってたのかも知れないなと思うと、
とても感慨深いものがありました。
あの五高横の坂、大変だったろうなぁ、寺田さん・・・。
私も大変だったけど、親切なお父さんのお陰でここが見つかって、
疲れも吹っ飛んだよ。

とはいえ、通りに降りて、ここから福岡に帰るために交通センターへ行くのに、
これ以上歩く気力も体力もないわいと言うことで、
バスに乗ることにしました。
バスに乗ってみると、熊大から上通り下通りの繁華街、熊本城まで
大した距離ないんですね、ちょっと見て回りたかったけど、
そのまま熊本城の横を通って交通センターへ。
熊本城残念だったけど、今回は夏目先生メインだったから、
また今度熊本に遊びに来たら、城にも行くことにします。
やっぱり熊本で行きたいところ行こうと思ったら
泊りがけじゃないと無理ですね、そのくらい見るところ多いです。

追記:
参考までに、7月14日に行った場所の地図を置いておきます。
夏目先生や寺田さんをお好きな方が必要なとき、
何か参考になると嬉しいです。

大阪の旅。その2

2012.03.02

category : TRAVELLING

comment(2)

しょんべん臭い街を離れ、向かうは飛田新地。
そこへ向かう街並みも、どこか昭和の匂いが漂っていて、
独特な古くてこじんまりした建物が多い。
カフェー建築っぽい建物もちらほら、歩いているだけでも楽しい路地でした。

しかしこの辺、阪神の震災であんまり被害なかったのかな、
大阪も結構揺れたはずだけど。
大きい地震あったら避難大変そうだし、火事起きたらひとたまりもなさそうです。

そんなことを考えつつ、積もる話もありまして、
喋りながら飛溺氏とを歩いていると、
突如、ネットで良く見る風景が目に飛び込んできました。

飛田新地です。

大正時代に作られた遊郭で、1946年にGHQによる公娼廃止から、1958年の売春防止法施行まで
赤線として公然と売春が行われていた地域で、今でも行われています。
ただ2012年の現在、表向きには売春はいけませんので、「料亭」という格好で営業中。
が、料亭にやってきたお客と、店の仲居さんが恋に落ち、
店内でやることやったということになっているそうです。
そんなわけねーじゃんwというツッコミはしたいけどなしの方向で。
因みに大阪にはいわゆる「ソープ」というものはないのだそうです。

2階の高さに、漢字2文字ほどのお店の名前が書かれた白くて小さな四角の看板が
道に沿っていくつもずらりと並ぶ風景は、
何度も何度も写真では見たことがあったけれど、
実際に目にすると想像以上に壮観でした。
建物の入り口から中を覗けば、玄関口に可愛いお嬢さんが座っていて、
その隣にはだみ声のおばちゃん。
おばちゃんなんだかおっさんなんだか分からないような声で、客を呼び込もうとします。
じっくり見たいけどどうにも女の子の姿をじろじろ見るのは気恥ずかしくていけませんw
明るいので余りはっきりは見えなかったけれど、
ピンクや紫のライトが女の子を照らしているような感じ。
昭和初期の建物にはそぐわない雰囲気ですが
そのギャップがまた異空間な空気を醸し出しています。
夜だったら更に綺麗なんだろうな。

そして若い男性が2、3人連れだってうろうろ歩きまわっていたり、
車でノロノロ走りながら、駐車場を探しながら、女の子を品定めしていたり、
自転車に乗った男性が店内のおばちゃんと交渉していたり。
地元の九州最大の歓楽街でもお目にかかれない光景です。
中洲みたいな歓楽街は歩いていても、雑居ビルの前に、
いかにも関係者といった風情の男性が電話をしながら立っていたりするだけで、
通りからお客さんの相手をする女の子の顔を見るということはありません。
どんな女の子が働いてるのかなんて知る由もないわけです。
かつては借金のかたに取られて働かされるということが多かったのでしょうが、
今ではどうなのでしょう。
色々事情があって働いている人もいるのだろうし、
そうでもないけど働いている人もいるかもしれないし。
歩きまわっているときに、仕事上がりの女の子が店から出て来たのを見かけましたが、
どこにでもいそうな女の子がどうってことなく、お店の中にいる誰かと言葉交わして、
お疲れさまと言いながらどこかへ行ってしまうような感じ、考えていたほど悲愴感もなかったな。

西成のこの周辺はカメラで撮影しようとすると怖い人が飛んでくるとか、
カメラ取られて壊されるとか物騒な話をあちこちのレポやサイトで読んでいたので
余り写真は撮ってこられませんでしたが、
大正時代に建てられた妓楼を、居酒屋チェーン店が買い取って、
本来の「料亭」として営業している鯛よし百番の写真を記念に撮って来ました。

DSCF0032blog.jpg

飛田新地で数少ない、写真撮影できそうな建物だから、
これまでにも散々写真に撮られてきているのでしょう。
しかしネットの写真で見たよりも、意外にこじんまりしている印象。
いつかこの建物の中に入るのが夢ですが、
何しろかつては妓楼だった建物です、美味しくご飯が食べられるのかw
いや、食べ物の味その物ではなく、
その建物に付いたというか憑いた空気が何とも・・・w
建物の内部には大変興味がありますので、ぜひ入ってみたいとは思います。
噂の食べログで鯛よし百番を見ると、食べ物の味とか二の次で、
建造物そのものと、周りの環境がメインになっていて笑いました。
考えることは一緒なんですね、皆さんw

そしてもう1か所、ここが飛田新地の中でも一番特筆すべき場所かもしれません。

大きな地図で見る

グーグルさんすごいね、飛田新地を普通に撮影してるw
お店の女の子も顔にボカシかかってるけど写ってるじゃないかw

右手の壁は、遊郭で働く女性たちが逃げないようにと、飛田遊郭を囲っていた壁で、
「嘆きの壁」と呼ばれています。
この壁、壁の上は道路になっているのですが、この壁を境にして、
新地側と反対側がまるで別世界なのです。


大きな地図で見る

少し向きを変えてみると、阿倍野の高層住宅地です。
飛田新地側から見た壁は、刑務所の壁よろしく高くて冷たいだけのコンクリートの壁ですが、
壁の上はというと、新興住宅地によくあるお洒落な装飾や花壇植木がある、
レンガ模様の歩道。
たった1枚の壁、1本の道路を隔てて、この異次元空間。
どういう思いで壁のこちら側で働いて、どういう思いで壁の向こう側で生活しているのか、
当然この高層マンションに住む大人は、壁のこちら側に何があるか知っているでしょう。
そういった人間の心情にも興味深々です。
未見だけど、「千と千尋の神隠し」ってこういう世界がモチーフになった話なんですね。
観てみようかな。

そしてここの上からなら新地内の様子が写真撮影できました。

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しかしこの写真を撮ったときに、着ていたコートのファスナーがバキッと壊れましてね、
やっぱりここは写真撮影とかしてはならないところなんだなと痛感。
怖いおにーさんがいなくても、かつてここで亡くなったかもしれない女性の霊魂様は
ちゃんと見ていらっしゃるようです凹
(注:多少脚色しています。心霊現象とか簡単に信じる人がいるので念のため)
飛田新地を後にする際に、あの有名な「飛田新地料理組合」の看板も発見。


大きな地図で見る

この周辺は写真撮れても皆同じような場所ばかりだから、
いっそグーグルさんに写真はお任せして、見ることや雰囲気を味わうことに専念した方がよさそうです。
ホントにすげー、グーグルさん。

いつか東京の吉原の遊郭後、千束4丁目周辺も行ってみたいけど、
飛田新地のような情緒は残ってないんだろうなー。
ただのソープ街なら中洲でもいいわけだし、浄閑寺にお参りに行くとかくらいかな。

ここから普通の大阪へ。
観光スポットではなさそうですが、浪速の台所と呼ばれている黒門市場。
ここで飛溺氏おすすめのしょうがのてんぷらなるものを食べました。
TVのケンミンショーでも紹介されたとお店のおばちゃんが仰ってましたが、
紅生姜のスライスに衣つけて揚げたものです。
そんなの初めて聞きました、斬新ですが、大阪ではそうでもないらしいです。
小さい頃からお寿司を頼むと寿司には見向きもせずに生姜しか食べないので、
器の裏側に貼り付けて私の視界に紅生姜が入らないようにしたなどというエピソードを
親からよく聞かされました、確かに生姜は好きだがそんなことは憶えてないよ。
そんな自分なので、喜んで食べてみました。
これが美味しい!!
衣が美味しいのとおばちゃんが自信もって言ってたけど、確かに衣も美味しいし、
ほどよい辛味もあって、最高に美味でした。
あんなの出されたら、他に何も食べずあればっかり食べてると思いますw
福岡でも食べられるところないかいな。
てか、普通に揚げれば家でも食べられるのかな。

そしてテクテク歩いて難波の丸福珈琲さんへ。
ここは飛溺氏と行くのは2度目ですが、
その前に一度親戚に連れられて来たことがある老舗の珈琲店です。
オールドスタイルな喫茶店で大好き。
ここでしばらく話し込んで、暗くなった頃梅田へ出て行き、
その1週間前に福岡で会ったばかりで、佐賀から出てきていたひじきさんと合流。
梅田にてなぜかウンコ談義しながらお好み焼きを食べました。
いや、結構真面目な話だったんですよ。

その後さらに大阪のTさんと合流しに、カンテグランデというインドカフェ?へ。
偶然にもその日、Tさんから飛溺氏に連絡が入ったそうで、
何か知らないけど、色んな人が集まっちゃった感じです。
そういう日が時々あります。
このカンテグランデの中津本店はウルフルズがかつてバイトをしていたお店だそうで、
「大阪ストラット」という曲にも登場します。
ここでチャイを飲みました、チャイ大好きです。
コートのファスナー壊れててちょっと寒かったのでw暖まってよかったです。
福岡にもできないかなーと思ったけど、福岡は西新に行けば
50m間隔でインド料理屋とかインドカレー屋があるので難しいかなw
巷では韓流が大人気なようですが、私の愛する西新は
印流ブームです、てかもうずっと昔からインド多過ぎですw
福岡市全体見ても、インド料理屋って結構多いんですよねぇ、ありがたいことに。

その後ひじきさんと別れて、3人でガストで夜明かし。
Tさんは途中で帰られましたが、この辺の過ごし方はいつもの感じでした。
でも外で誰かと夜明かしするの、すごく久しぶりだったので楽しかったです。

そんな感じで朝7時くらいの新幹線で大阪を後にしたわけです。
西成飛田を案内してくれた飛溺氏には心底感謝です。
さすがに1人で行くのは何だかなという場所なので、
連れがいてくれて本当に心強かった。

この週末は天気もよくて、余り寒くもなく、マフラー忘れてコートはそんな具合だったけど、
さほど苦労はしなかった、本当によかったです。

次は通天閣上って、飛田百番で食事して、三角公園も行かなくては。
その前にとりあえず、丸山隆平のお芝居、BOBのチケットを取って、
5月に大阪にまた行きたいですね~~~。

帰宅して親に嬉々として西成に行って、飛田新地も行った話をしたら、
そりゃあこいつは嫁に行けねーわなというような顔をされてしまいました。

大阪の旅。その1

2012.02.23

category : TRAVELLING

comment(4)

2月11日に、珍しく何の音楽イベントもないのに、大阪へ行ってきました。
観光と、向こうにいる友、飛溺氏に会うためだったわけですが、
そこへ至るまでのあれこれ。


1月末、内容は憶えていないが、飛溺氏が突如夢に現れる。
ちょうど仕事のこととか執筆のこととかでくさくさしていて、
どこか行きたいなぁ、2月に連休あるなぁ、どうしようか、
飛溺氏がその連休に仕事が忙しくなかったら遊びに行ってみようか、
しかしお金もないs(ryとグダグダ。


2月最初の土曜日。
佐賀の友ひじきさんと食事。
長期休暇中だから大阪に行くかもしれないというひじきさん。
私も数日行きたいなと考えてはいるけど、何かダラダラして、
結局行かないだろうなーとか思い、とり立てて具体的な話はなし。


2月8日。
去年のサマソニのとき以来、ほとんどメールもしてなかった飛溺氏から、
ワタシが夢に出て来たというメールが届く、何なのこのタイミングwww
そーいえばさー11日の連休のとこでおーさかにいこーかなーと思ってたけどさー、
お金もないしさー、なんかもう無理っぽいけどー、
参考までにその日とか暇なーん?と聞いてみたら、
よりによって、その週末だけ時間があるとかで、
何かもうタイミングがタイミングだし、こりゃ行っとくかとなったわけです。
しかも新幹線の乗車券が最安値で買える最後の日だったというのも幸運でした。
更に大阪に行くと言っていたひじきさんが、
まだその日も大阪にいると言うことで、現地で会うことに。


2月11日。
新大阪で新幹線を降り、地下鉄で動物園前駅まで移動。
実は大阪は梅田とか心斎橋周辺、あとはサマソニで舞洲くらいで
難波より南側には行ったことがありません。
今回は観光(一般的にはそういう風には思えないかもしれない)。
ずっと行ってみたかった、ディープな大阪、新世界周辺を飛溺氏に案内してもらうことに。
参考サイト:大阪DEEP案内(西成編)
駅改札で飛溺氏と待ち合わせて、今はなきフェスティバルゲートの跡地横を通り、
まずはおなじみ通天閣へ。


DSCF00301.jpg

福岡の博多埠頭に無料で登れる博多ポートタワーというのがありますが、
設計が通天閣の設計をされた方なので風貌がよく似ています。

DSCF00061.jpg

登ってみようかと思いましたが、50分待ちとかだったので、
また後で来てみようと、とりあえず食事をすることに。
(注:その後結局登り忘れますw)


新世界名物串カツも食べてみたいけど、どこも行列だし、
やはりチェーン店が多くて面白くないしということで、
昼でも開いてて、おっちゃんおばちゃんがカウンターに座って
昼から酒飲んでる居酒屋へ入り、同じく名物どて焼きを食べることになりました。
どて焼きって味はもつ煮込みっぽいんですね、肉が牛スジですけどね。
どて焼きだけど焼いてない不思議。
牛肉は好きじゃないけど、スジとか内臓は平気な私は、
この手の料理は大好きです、甘くて美味しかった~。
最後に食べた山芋鉄板がトロトロでとっても美味でした。
ああいう昭和な感じの飲み屋に行くと、今でも日本酒が飲みたくなります。
昼とか夜とか関係なく。


観光らしい観光はここまで。
ここからは写真撮影不可な世界。
目まぐるしく変化してゆく、テレビや雑誌で紹介されて、
若い人やセレブを装った人が好むような新しくてオシャレでこぎれいな都会よりも、
時間や社会の発展ににおいてきぼりにされて、
確かに存在しているのに見て見ぬふりをされているような場所を好きな私が、
ずっと行ってみたかった西成のドヤ街へ。
何を観るのかとか、冷やかしならやめておけとか、
色々ご意見もございましょうが、そういうのともまた違います。
何もかも失くして、どこにも行き場を失くした人間が、
片道運賃だけ持って行きつく先がどんなところなのか興味があったのです。


色々ネットで情報を漁っていると、この日本で唯一暴動が起きる場所とか、
要塞のような警察署があるとか、違法薬物を路上で普通に売っているとか、
物騒なことしか書いてなくて、正直本当に大丈夫かとハラハラもしました。
確かに交差点で信号を待っていると、背後で酔っぱらってるのか、
クスリでラリってるのか分からないおっちゃんが、「社長、社長!!」とか
誰にともなく大声で話しかけていたりしました。
何故か分からないけれど、街を歩いていると、それこそドヤ街で毎朝仕事を探して、
夜酒飲んで酔っぱらってるようなおっさんとか、
何の仕事してるか分からないような酔っぱらいに、しょっちゅう絡まれる私は、
いつか絡まれるんじゃないかとヒヤヒヤ。
その直前に新世界で食事をしようと歩きまわっているときにも、
すれ違いざまに、どうも酔っぱらった風なおっさんにでっかい声であいさつされました。
いや、私じゃなくて、近くの別の人に言ったのかもしれませんけどね。
過去に何度も絡まれたけれど幸いいい人ばかりで危害加えられたとかはなく、
楽しく雑談で終わるんだけど、面倒臭いじゃないですかw


まぁその話はいいとして、
休日の昼間ということもあるかもしれないけれど、車も歩行者も少ない。
早朝には日雇いの仕事を求めて行列ができるというあいりん公共職業安定所周辺も、
人の気配はまばらで、更に建物の裏側に行くとくたびれた雰囲気のおっちゃんたちが
ふらふら歩いていたくらい。
街は、普段生活していて嗅いだ事のないような匂いが漂っていて、
あちこちに「立ちしょんべん禁止」という看板と鳥居のマーク。
そんな状態知らないけど、これが「街がしょんべん臭い」状態なのかと、
妙に納得してしまったり。
物騒というよりも、寂れているというか、生気のない街でした。
通り抜けた商店街も暗くて余り人気もない、休日だったし休業日だったのかな。
ただ私にしてみれば、人が多くて新しい綺麗な建物があって、
街がキラキラしていれば生気活気のある街とは思えません。
どこにでもある同じ顔の都会の街に情緒はなく、そういう街は好きじゃありません。
むしろ西成のうらぶれた街の大通りから一歩路地に入ると、
古い民家が建ち並んでいて(またその建築が渋い)、そこに住んで生活する人も確かにいる。
日本最大のスラムとか貧民街と言われる街ですが学校もある。
歩きながら飛溺氏の知る西成に住む人や、そこでアート活動をしている人、
暴動を掻い潜り、その周辺の高校に通っていた人の話の話を聞くと、
スタイリッシュだとかセレブな生活は到底イメージできないけど、
この辺に住むのも、結構悪くないんじゃないかなんて思えてきました。
この先私が行方不明になったら、釜ヶ崎に引っ越して、
日雇いの仕事上がりのおっちゃんたちと路上で酒盛りしてるかも知れません。
酒はやめたので自販機で50円とか80円で買えるジュースとかでw


こういうことを言ってるから、しょっちゅうその手のおっちゃんに絡まれるんだw


そうそう店頭で売ってる作業着が¥1,980とか、宿が1泊¥1,500とか¥2,000とか
ネットカフェより安い、デフレとか言ってる場合じゃない価格。
自販機のジュースが50円とか80円とか完全に昭和です。
安宿が多いので近頃は外国人のバックパッカーも増えているというのもよく聞く話。
西成が幾ら物騒でも、我が国よりは安全なんてことがガイドブックに書いてあるとかw


そんな釜ヶ崎を離れ、次は大阪の色街、飛田新地へ。
というわけで、続きます。


・・・そういえば有名な三角公園は行かなかったな。

豪雨

2008.12.11

category : TRAVELLING

今日の福岡の天気予報晴れだったけど、何か雨が降った形跡が…。
傘ないけど青空だしいいかと、地下鉄の駅まで歩いて、地下に潜り地上に出たら、
バケツひっくり返したような豪雨。
傘ないし、あの雨に遭遇したら大阪行けないくらいの雨でしたが、
こういう所ついてるんだよなー。


しばらく更新しないとか書いたけど、
思わず書きたくなるような雨でした。
大阪の天気、大丈夫か?!

anarchy in the YOU GAY!遠征(観光編)

2007.07.16

category : TRAVELLING

前日まで九州で猛威を振るっていた台風4号も
出発当日には九州から遠ざかり、
新幹線は予定より5分遅れで博多を出発しました。

新大阪から地下鉄御堂筋線で心斎橋駅まで移動。
しかし大阪は一度、大叔父に案内されただけで、
しかも人も多く歩くスピードが異常に速かったため、
ほとんど何も憶えていないから土地勘もありません。
「キタ」と「ミナミ」がどこを指すのか、
「梅田」「なんば」「心斎橋」「道頓堀」「アメリカ村」
この5か所の位置関係もさーっぱり分かりません。
そういう場所は地図を見ても全然ピンと来ないから、
何より歩いてみる方がいいだろうと、
とりあえず大雑把な位置関係だけ確認したアメリカ村へ。
anarchy in the YOU GAY!の会場でもある、
twice cafeを偵察も兼ねて。

しかしいつまで歩いてもそれらしき場所がない。
以前大叔父がアメ村にも連れて行ってくれて、
場所の雰囲気は憶えていたのですが、
どうもそれらしい場所に行き着かないのです。

すると地下鉄の出口を間違って、
正反対の方向へ歩いていたのが発覚。
またやっちまった。
方向音痴では決してないんですが、
1つ手前の角で曲がったとか、
出る場所(入る場所)を間違ったとかで、
おかしな場所へ行ってしまう悪い病気です。
ただのドジとも言うかもしれません。
慌てて引き返したら、アメリカ村へ辿り着けました。
それから心斎橋筋を歩きながら戎橋、道頓堀方面へ。
もう完全に観光客です。
グリコの看板、食い倒れ人形、
写真撮影の人がいっぱい、絶対みんな観光客ですよ、あれ。
前回道頓堀のたこ焼きを食べ損なったので、
今回こそ!と息巻いていたのですが、
たこ焼き屋、どこもここも行列、しかも相当長い。
福岡育ちの短気者は並べません、待てません。
速攻諦めて梅田へ行くことにしました。
まだ晩御飯には早いので、梅田を散策。
観光客にはミナミの方が楽しそうですね、人多いけど。

そして晩御飯には、
梅田の堂山町にある「韓国居酒屋ソウルトゥソウル」へ行きました。
ここは会社の取引先なのですが、
珍しく大阪に行くので、ちょっと行ってみようかと思いまして。
堂山町というところは
東京で言う歌舞伎町や新宿2丁目みたいな場所だと聞いたので、
福岡なら中洲と親富考通りみたいなところなのでしょう。
行ってみたら、そうですね、正にそんな感じ。
アジア料理屋、居酒屋、風俗っぽい店が軒を連ねる東通商店街。

それにしても大阪って商店街ばっかりですね。

無事にソウルトゥソウルに辿り着き、
そこで冷麺を頂きました。
チヂミも食べたかったけど、1人で行ったので食べ切れませんでした。
残念です、またアナゲイ出兵の時に行きます。
誰か道連れにして。

それから再び心斎橋駅へ戻り、
本格的にアメリカ村散策。
神社で夏祭りやってましたよ。
そのせいだったかどうか分かりませんが、
若い女性の浴衣率が非常に高かったです。

そうそう、僕の身長の半分しかなさそうな車高の車が、
爆音立ててたくさん走ってました。
車無視して歩いてる歩行者もすごかったけど、
その歩行者轢き殺しても平気そうな感じで、
ちょっと怖かったです・・・。

時間も遅くなり、
でも開場時間にはまだちょっとあるし、
店もほとんど閉まってきたし、
複合施設の外で休んでいたら、
見覚えのある顔ぶれを発見。
台風で到着が遅れていた東京からの遠征組の皆さんが
歩いているではありませんか!

もうこういうときに考えちゃうのが、
ここでこうやって遭遇するまでに選んだ道の選択肢とか、
遭遇できる確率とかそんなこと。
うっわー、うっわー、会えちゃったよーと思いながら、
頭の隅っこでそんなことを考えています。

出会いの儀式(?)を一通り済ませ、
皆で、大阪遠征の目的、anarchy in the YOU GAY!の開場の
twice cafeへ向かいました。

本編へ続く。

GW東京遠征 2日目+3日目

2007.05.05

category : TRAVELLING

はい、2日目です。
待望のIKEA、これこそ今回の東京遠征の目的です。

横浜には一度も行ったことがないので、
東京駅から京浜東北か東海道線で行くしかないのだろうと思っていたら、
新宿から「湘南新宿ライン」なんて電車が出ているのですね。
すごいですねぇ、関東。
電車があればどこでも行けるのね。
湘南新宿ライン快速に乗って横浜まで出たのですが、
この電車、やけにゆれるんですよねぇ。
酔うかと思いました。

横浜駅で下車し、横浜線に乗り換えて新横浜へ。
しかしどうも若い女の子が多い。
まさかこの子たち、みんな可愛い北欧家具を求めてIKEAへ?
と思ったら、横浜アリーナで関ジャニのライブだったんですね。
どおりでねー。

新横浜駅からIKEAのロゴ入りのシャトルバスに乗りました。
なつかしの、余り良い思い出のない横浜国際総合競技場、
現日産スタジアムを横目に、
青い看板に黄色い文字でIKEAと書いてある
明らかに異彩を放つ建物に接近。
外は人も少なくて、GWの朝早くだし、
こんなモノかなーと思って店内に入ると、
人、人、人、外の静けさは何?!

入り口でIKEA FAMILYカードなる物をつくり、
早速2階のショールームへ。
買い物にはカゴではなく、カートと、
レジャーシートみたいな真黄色の袋を使います。
家具も雑貨も、海外のインテリア用品店にしては安い!
それにとてもシンプルなのに、
日本のお店ではあんまりないような色彩の物とか、
照明器具にしろなんにしろ、
とにかくヴィヴィッドでステキなのですよー。

アームチェアとかテーブルとかカーテンとか、
ベッドカバーとか、もう手当たり次第何でもかんでも
目に付いたもの欲しくなりましたけど、
1つ家具を買うとなると、
今ある家(部屋)の中の物を、
1から揃え直したくなりそうです。
このクッションの色に合うカーテンと、
テーブルと椅子と、カーペットと、
て言うか、壁から塗り直すかってほどに。

曲者です、IKEA。

そして色々面白いこともあったのですが、
店内放送も面白かった。
「スイスからお越しの~○○さまー」
って放送があり、その後英語で同じ内容が流れる。
この「スイスから来た○○さん」は
スイスから日本のどこかに仕事かなんかで来ている人なのか、
それとも本当にスイスから来たのか、
一体どっちなんだろうとIKEAにいる間中悩んでいました。

それと「迷子が大変多くなっております」

・・・むしろ、
迷ってるのは大人なのではなかろうか。

子どもは割りとおもちゃのところとか、
子ども用の家具の所にいるんですよ。

そしてレジ。
黄色いバッグに買う物を詰めてレジへ持って行きます。
レジ横に黄色いバッグと同じタイプで、
黄色いところが青に変わった物が積み重ねてあり、
お値段は70円。
その横にはIKEAのロゴ入りの紙袋、20円。

地球環境、プライスレス。

じゃないですけど、
ビニール袋は石油をどーたらこーたら書いてあり、
レジでは日本のような袋をもらえない模様。
レジで並んでるお客さんが慌てて、
70円のレジャーシート・・・じゃなくて袋か、
紙袋を一緒に買う姿が多く観られました。
自分は青いのを買いました。

この袋がまた曲者なの!
200705051922000.jpg


横幅、恐らく僕の身長の半分くらい(約75cmくらい)
口は閉じない。
レジャーシートだからワサワサするし、
物をたくさん入れると肩紐が痛い。

そして家に帰って、買ってきた照明器具を開けてみました。
1枚の藁半紙が入っています。
これがうわさに聞いていた、
IKEAの無口過ぎる説明書
何が笑ったって、これが笑った。
↑のリンクは棚の作り方ですが、
照明器具の使用方法も似たような物です。
スキャナーがあればなぁ、絶対UPするんだけど。
デジカメで撮ったんですが、
USBの調子が悪く、PCに取り込めません。

50円のソフトクリームを食べ、いざ横浜へ。
本当はレストランでスウェーデン料理食べたかったけど、
並ぶのきらーいなので、ソフトクリームだけで十分と、
IKEAから脱出。

真っ青なIKEAの袋を提げて向かったのは横浜中華街。

・・・人多い。
もうそれしか言うことがないっす。
何か食べたいけど、
どこに何の店があるのかも良く分からない。
なので立ち食いのシューマイを買ってそれを頂きました。
それだけで挫折。
本当は赤レンガ倉庫にも行きたかったけど、
あんな人ごみもう嫌だあああっ。

でも山下公園くらいは行ってみとこうかと、
肩抜けそうになりながら炎天下を歩く。

あ、そうそう。
ロッカーに荷物預ければ良かったじゃないって話ですが、
空いてなかったんですよ。

案の定、山下公園も人一杯。
ここ何、たかが公園じゃないの?!
なんでこんなに人がいるの?!

もう良い、帰る。
と半ば拗ねながら新宿へ帰りました。
それ以上IKEAの青いバッグ持って歩けなかったですし。
そしてあの青いバッグ無駄に目立つんですよ。
すれ違いざまに何度
「あ、IKEAだ」って言われたことか・・・。

もう死に掛けながら東京へ戻ると、
新宿の人ごみが普通に思える、それほど横浜酷かったです。

夕方からは、前に使っていた日記のサーバーとか、
mixiとか、ブログで仲良くしていただいている
オーサカさんと初のご対面&飲み。
最初はカフェでお茶を、その後飲みに。

ここ数年、新宿2丁目と3丁目あたりをうろうろすることが多いのですが、
一緒にいる人についてぼさーっと歩いていて、
いつも目に入る昭和のレトロな雰囲気の飲み屋があるのです。
その名も「日本再生酒場」。
もう12回くらいその店の前を通ってます。
前日もAOFのライブの後、
しばらく新宿をウロウロほっつき歩いてたら、
何となくこの居酒屋の前を通りました。
気になって気になって仕方なかったので、とうとう行きました。

外にある、テーブルと思っていたのはドラム缶、
人が溢れかえっています。200705042049000.jpg

空いてないかと思ったら、
「火鉢の席が空いてますよー」っと威勢の良いお店の人に案内され、
火鉢をテーブル代わりにビールを一杯。
かなりの繁盛店と見ました。
まだ7時なのに食べるものが殆ど売り切れだそうです。

とんこつスープの味噌煮込みと、
ハツが本当に美味かったです。
あんまり飲めないビールも進みます。
青唐辛子の串焼きも美味かったー。
この飲み屋良いです、東京行ったら必ず行く!
日本が再生するかどうかは分からんけど、
自分は横浜疲れから再生しましたよ!

昭和万歳だ、こんちくしょう。

その後、2丁目のcocolo-cafeへ。
ここに来ると、なぜかジャスミン茶が飲みたくなる。
オーサカさんが頼んだ「モヒート」というカクテルを頂きました。
ラム酒にミントで香り付けした飲みやすいカクテルです。
美味いな、これ。
オーサカさんのカクテルの幅広い知識には驚きでした。
実に勉強になりました。

炭水化物食ってないということに気付き、
新宿東口のたこ焼き屋台でたこ焼きを購入。
この辺全然写真とってないけど、
鰹節たっぷりでボリュームも満点です。
最後にラーメン屋で最後の1杯。
オーサカさんはビール、自分は日本酒。
つまみは茶豆。
渋いです、ラーメン食べたかった。
そしてよく飲んだけど、もーっと飲みたかった。

本当に長いことお付き合い下さった
オーサカさんには感謝です。
ありがとうございました。

今朝は東京駅まで、
お友達のしんぺーくんが見送りに付いて来てくれました。
ありがとうございました。

IKEAのために行きましたが、
収穫の多い東京遠征でした。
横浜は疲れたけど、
今度はもうちょっと時期を考えていってみようと思います。



あー、それにしても、
IKEAの照明の説明書、
何とかUPできないかなぁ。。。
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